※社内メールマガジンに書いた文章を修正したものです。退職前の最終コラムでした
技術開発に携わっていたころ、いつも思っていたことがありました。
「これだけ優秀な人がそろっているのに、どうして成果につながらないのか?」
この疑問が、組織開発の活動を立ち上げることにつながりました。
誰かが新しいことを始めようとしても、なんだかんだ理由をつけてつぶされてしまうのはなぜか? 逆にそれを考えた人も、なぜもっと強く主張しないのか?なぜみんな素直に協力し、深く考えることができないのか?
失敗してもいいからやってみよう、と言いながら結局そうならないのはなぜか?
もちろん、何が成果につながるのかを自信を持って判定できる人はいないのですが、上記のようなことが成果の妨げになっていることは明らかです。私自身もそういうプロセスにどっぷり加担してしまっていました。
最初の問いの答えは、私たちの心の中にある。特に、各人が抱えている「おそれ」と、それが作り出す「空気」にある。そう考えるようになりました。
たとえば、部下は上司に怒られること、否定されることをおそれている。逆に上司は部下に軽んじられることをおそれている。そしてみんなが、新しいことをやること、失敗すること、責められることをおそれているし、時には目立つこともおそれている。そういう「空気」が充満し、空気に支配されているがゆえに、うまく協力してことにあたることができていない。この「おそれ」と「空気」を何とかしなければならない。
といっても、おそれをなくすことはできません。人間がおそれを感じるのは、危険から身を守るためにはるか昔に身に着けた本能です。この本能は、おそらく原始人のころから変わっていません。もしおそれや不安を感じない人がいたら、その人は事故か病気で死んでしまうでしょう。
しかし、今の時代にはそのままではダメです。
なんとかしておそれとつきあう術を身に着け、本当に身の安全に関わらない限りはこわくても前に進んで成果を出していく必要があります。力を発揮して社会に貢献するためには、ある意味で本能に逆らうことが要求されるのです。
なくせないまでも、おそれとうまくつきあうにはどうすればいいか?
行動するしかありません。とにかくやってみれば、その間はおそれをいったん手放すことができます。そして行動するための鍵となるのは、つながりを活かすことです。
同じ目的を持つ仲間として、自分たちがおそれを抱いていることを自覚し、共有し共感した上で、「私たちは何を望んでいるか?」「そこに向かうには何が必要か?」を正面から取り扱い、対話を通じて探求するのです。これができれば、そのつながりの中から、行動するための知恵と勇気が湧いてくるのではないでしょうか。
先月、「おそれのトリセツ」というテーマで組織開発勉強会を開催しました。
なくすことができないおそれにどう向き合っていくかを少しでもつかんでいただけたらいいなと思っていましたが、参加された方々の間の化学反応で、行動のためのヒントが次々と生まれてきました。それを見て、つながりが鍵だということの確信を深めました。
脳神経外科医の林成之先生によると、人間の脳には3つの先天的な本能があるそうです。「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」。前の2つと並んで「仲間になりたい」が同列で入るというのには驚きました。人間はそれほどまでに社会的な動物なのです。それを活かさない手はありません。
ところがどういうわけか、「仲間になる」ことにこそおそれが伴いがちです。
仕事で関わる人たちに心を開いて対話をすることに抵抗を感じる人は多いでしょう。
ここに生じるおそれこそ、私たちがもっとも克服すべきものなのです。
これまで書いてきたような自分たちの特性を知り、それを受け入れた上で、不安があっても互いにいったん心を開いて、今どんな状態にあるのか、どうしたらよいのかを全員でよく考える。成功のためにはそれがまず求められるのです。
自分たちの間にあるおそれを手放してこそ、自分たちの外に対して持っているおそれとつきあうことができます。組織開発が「関係性」「コミュニケーション」を重視する理由もそこにあります。
まずは自分がどんな「おそれ」を持っているか、じっくりと感じてみましょう。
そしてそれを受け入れたまま、まわりの人たちとの間に発生しているおそれをいったん手放して対話してみましょう。みんながそうすることで、つながりが生まれ、それを活かして行動に移ることができるはずです。
これが私の最後の言葉です。