全脳組織開発帳

企業で人と組織の力を引き出す仕事をする中で学んだこと、感じたこと

自責とは何か

※社内メールマガジンに書いた文章を修正したものです

課題や目標に対して「自責で考えろ、行動しろ」とよく言われます。この「自責」という言葉に重苦しい響きを感じていませんか?
実際、「責」は「責める」とも読めますし、「自責の念にかられる(= 自分で自分のあやまちを責める)」という言葉もあります。

「自責で〜」という時の「自責」は「自分の責任」ということですが、「責任」には2種類あるというのをご存じでしょうか。英語では明確に区別されています。

(1) Accountability: 生じた結果を引き受ける責任
状況・結果を報告する、結果によって評価される、賞罰を受ける

(2) Responsibility: これから何かをする責任
物事に対して主体的に考え、対処・行動していく

(1)は過去に、(2)は未来に対する責任と言ってもいいでしょう。

「自責で」と言われると、私たちはなんとなく(1)を想起しがちです。その意味での「自責」になろうとすると、その課題を自分が招いたと思わなければいけない、反省しなければいけない、という気持ちになってきます。そういえば、「責任を感じる」という言葉も(1)を前提としているようです。

でも多くの場合、課題や目標に対して本当に求められているのは、今、これから主体的に考えて行動することです。つまり「自責で」と言う時の「責任」は本来(2)の意味であるはず。過去よりも未来に目を向けて、「自分に何ができるか? 自分はどうしたらいいか?」と考え、自ら行動を起こしていくのが「自責」なのです。

結果を引き受けるのも大事なことではありますが、それにばかり気をとられていても、あるいは自分が引き起こしたわけでもないことに「責任」を感じようとがんばっていても、前に進むことはできません。

Responsibilityという単語は「response(反応する) + ability(能力)」、つまり物事に反応・応答する力ととらえることができます。生じた課題や設定された目標に自分で反応・応答していくことが「自責」だとも言えるでしょう。これに対して「他の人が反応(対処)してくれればいいことだ」と考えて何もしないのが「他責」です。

「自責」という言葉を見かけたら、意識して未来に、これから自分がやることに目を向けてみましょう。

自信とプライド

ある人が社内の特定の人たちのことを評した言葉で印象に残っているものがある。

「あの人たちは『自信がなくてプライドがある』んですよね」

どんな人たちかはともかくとして、この表現になるほどと思ったし、なかなか深いと感じて、以来ずっと頭の中にある。

どういうことか。その人の意図とは違うかもしれないが私なりに解釈してみると、「自信がなくてプライドがある」というのは、「自分たちは価値のあることをやっている、と思いたい。本当はあまりそうじゃないのかもしれないとうすうす感じているが、そうだと思い込むことを活動の推進力としている」状態。

ここでいう「自信」と「プライド」はどう違うのか、もう少し考えてみた。

  • 自信は自分、プライドは自分たち(ひょっとしたら他者)
    自信というのは、自分自身に価値・能力や可能性があると思えないと持てない。他力本願では発動しない。対してプライドは「すごいことをやっている集団の一員である」と思うことでも持つことができる。
  • 自信は未来を含む、プライドは過去と現在
    今だけではなくこれからも価値を生み出せる、能力を発揮できるという感覚がないと自信にはつながらないが、プライドは「すごいことをやった、だから今がある」という感覚によっても持つことができる。
  • 自信は深いところから湧いてくる、プライドは浅いところからでも作れる
    これは言葉にするのが難しいのだが、「根拠のない自信」という言葉があるように、自信というのは理屈が伴っていなくても持てる。そして心の深いところから湧いてくる感覚がある。それに比べてプライドの方は、何というか心の表面的なところでも発生する。

私の感覚はこんなところである。人によって違いはあるだろう。

「プライド」は「誇り」と訳されることが多いが、「誇りがある」と言うと「プライドがある」よりも自信ありそうに聞こえる。英語のprideという単語の本来の意味は別として、プライドと誇りは違うものだと感じる。

自分のやっていることには「プライド」よりも「自信」と「誇り」を持ちたいものである。

つながりを活かし、おそれを手放そう

※社内メールマガジンに書いた文章を修正したものです。退職前の最終コラムでした

技術開発に携わっていたころ、いつも思っていたことがありました。
「これだけ優秀な人がそろっているのに、どうして成果につながらないのか?」
この疑問が、組織開発の活動を立ち上げることにつながりました。

誰かが新しいことを始めようとしても、なんだかんだ理由をつけてつぶされてしまうのはなぜか? 逆にそれを考えた人も、なぜもっと強く主張しないのか?なぜみんな素直に協力し、深く考えることができないのか?
失敗してもいいからやってみよう、と言いながら結局そうならないのはなぜか?

もちろん、何が成果につながるのかを自信を持って判定できる人はいないのですが、上記のようなことが成果の妨げになっていることは明らかです。私自身もそういうプロセスにどっぷり加担してしまっていました。

最初の問いの答えは、私たちの心の中にある。特に、各人が抱えている「おそれ」と、それが作り出す「空気」にある。そう考えるようになりました。

たとえば、部下は上司に怒られること、否定されることをおそれている。逆に上司は部下に軽んじられることをおそれている。そしてみんなが、新しいことをやること、失敗すること、責められることをおそれているし、時には目立つこともおそれている。そういう「空気」が充満し、空気に支配されているがゆえに、うまく協力してことにあたることができていない。この「おそれ」と「空気」を何とかしなければならない。

といっても、おそれをなくすことはできません。人間がおそれを感じるのは、危険から身を守るためにはるか昔に身に着けた本能です。この本能は、おそらく原始人のころから変わっていません。もしおそれや不安を感じない人がいたら、その人は事故か病気で死んでしまうでしょう。

しかし、今の時代にはそのままではダメです。
なんとかしておそれとつきあう術を身に着け、本当に身の安全に関わらない限りはこわくても前に進んで成果を出していく必要があります。力を発揮して社会に貢献するためには、ある意味で本能に逆らうことが要求されるのです。

なくせないまでも、おそれとうまくつきあうにはどうすればいいか?
行動するしかありません。とにかくやってみれば、その間はおそれをいったん手放すことができます。そして行動するための鍵となるのは、つながりを活かすことです。

同じ目的を持つ仲間として、自分たちがおそれを抱いていることを自覚し、共有し共感した上で、「私たちは何を望んでいるか?」「そこに向かうには何が必要か?」を正面から取り扱い、対話を通じて探求するのです。これができれば、そのつながりの中から、行動するための知恵と勇気が湧いてくるのではないでしょうか。

先月、「おそれのトリセツ」というテーマで組織開発勉強会を開催しました。
なくすことができないおそれにどう向き合っていくかを少しでもつかんでいただけたらいいなと思っていましたが、参加された方々の間の化学反応で、行動のためのヒントが次々と生まれてきました。それを見て、つながりが鍵だということの確信を深めました。

脳神経外科医の林成之先生によると、人間の脳には3つの先天的な本能があるそうです。「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」。前の2つと並んで「仲間になりたい」が同列で入るというのには驚きました。人間はそれほどまでに社会的な動物なのです。それを活かさない手はありません。

ところがどういうわけか、「仲間になる」ことにこそおそれが伴いがちです。
仕事で関わる人たちに心を開いて対話をすることに抵抗を感じる人は多いでしょう。
ここに生じるおそれこそ、私たちがもっとも克服すべきものなのです。

これまで書いてきたような自分たちの特性を知り、それを受け入れた上で、不安があっても互いにいったん心を開いて、今どんな状態にあるのか、どうしたらよいのかを全員でよく考える。成功のためにはそれがまず求められるのです。
自分たちの間にあるおそれを手放してこそ、自分たちの外に対して持っているおそれとつきあうことができます。組織開発が「関係性」「コミュニケーション」を重視する理由もそこにあります。

まずは自分がどんな「おそれ」を持っているか、じっくりと感じてみましょう。
そしてそれを受け入れたまま、まわりの人たちとの間に発生しているおそれをいったん手放して対話してみましょう。みんながそうすることで、つながりが生まれ、それを活かして行動に移ることができるはずです。

これが私の最後の言葉です。

退職

会社をやめた。

パナソニック株式会社に1988年から約34年間勤務した。うち4分の3くらいは技術開発の仕事(携帯電話関連が中心)をずっとやっていたのだが、紆余曲折あって「人と組織の力を引き出す仕事をしたい」と思い、組織開発の仕事を立ち上げた。2015年に人事に移ってそれを継続。10年近く、組織開発を仕事にしてきたことになる。小さなチームで会社全体に向け、様々な組織の支援、組織開発の知見を持つ人の養成、啓発活動などを行ってきた。

やりたいと思って自分で立ち上げた仕事。またこれからの企業の発展に向けて潜在的に求められている仕事。最近は、ほとんど知られていなかった「組織開発」というものがやっと広がっていく兆しを感じることができていた。

そんな状況でなぜ退職することにしたか。けっして会社がきらいになったわけではない。

一番よい言い方をすれば「やりきったから」ということになる。当初目指していた状態にはほど遠いのだが、なんとか道はつけられたという感触がある。

それよりちょっと生々しい言い方をすれば、「疲れたから」。走り続けてきてちょっと休みたいという気持ちが強い。

さらに露骨な言い方をするなら「飽きたから」というのもある。組織開発は奥の深い、どこまでいっても終わりのない旅だとは思うのだが、最近は自分にとっての学びが少なくなってきた気がしていて、「ああもう終わりにしようかな」と思うことが増えていた。

そして、よりフラットに言うなら「いったん区切りをつけて新たなステージに進みたくなったから」という理由になる。新たなステージといっても何をするのかまったく決めていないのだが、今まで踊らせてもらった会社という舞台をいったん離れて、別の舞台で元気よく踊ることを模索したい。

こう書いてみると、自分の仕事の価値というのは、最後は「どれだけ人の役に立っているか」よりも「自分にとってどういう意義があるか」で測るべきだと強く感じる。もちろん前者も非常に重要だし、人の役に立っていることが自分にとっての意義につながるので、話は簡単ではないのだが。

というわけで、無職になった。このブログでは、組織開発の活動をしていて、あるいは退職するにあたって、いろいろと感じたこと、これからのことについて思っていることなどをつらつらと書いていきたい。自分がこれからよりよく生きるためのメモとして、大切にしたいことをつづっていくつもりである。

P.S. 社内で発行していた「組織開発(OD)メールマガジン」に書いたコラムの転載も続けていきます

強みを知り、強みを活かす

 ※社内メールマガジンに書いた文章を修正したものです

新規テーマを考えたり、戦略を策定したり、ビジョンを作ったりする時には、徹底的に強みに着目せよということが言われます。かのピーター・ドラッカーも、「強みのみが成果を生む。弱みはたかだか頭痛を生むくらいのものである」と言っています。

確かに、弱みをカバーすることばかり考えていては何も始まりません。でこぼこのある自分たちの、へこんでいるところをいくら埋めていっても、ただ丸くなっていくだけです。まずは、出っ張っているところはどこか、どこをどうやってもっと出っ張らせるか、尖らせるかを考える必要があります。

これまで、いくつかの組織でビジョン構築などの支援をしていて、強みに集中することのパワーをいつも感じています。

ただ、強みだけを見るというのはそれほど簡単なことではありません。考えているとどうしても、できていないところ、課題となっているところが見えて不安になってきます。 弱みを見ながら強みに着目できるほど人間は器用ではありません。不安を手放し、強みに集中しようと全員で意識して取りかからなければなりません。それは勇気のいることであり、チームの結束を必要とするのです。

また、何が強みなのかを知るのも、これまた簡単なことではありません。自分たちの強いところというのは自分ではなかなかわからないものです。

ドラッカーによれば、自らの強みを知るには「フィードバック分析」をするしかないそうです。何かをすることを決めたら、それに何を期待するかを書きとめておき、何ヶ月も経ってからその期待と実際の結果を照合するのです。

ドラッカーの言っているのは「未来の自分」がフィードバックするという方法ですが、他者からフィードバックをもらう方法もあります。「私(たち)の強みは何ですか?」と聞けばいいのです。強みを伝えてもらうというのは普段なかなかやらないことですが、とても意義のある関わり方だと思います。

相手が話し終わるまで聴く

まず受け取る」というエントリで、「相手が話しだしたら、言い終わるまで聴く」というのを始めるといい、ということを書いた。

「受け取る」ことを意識しだしてから、相手の話を途中でさえぎって話し始める人がいると以前よりも気になるようになった。あんまりだと思った時には「○○さんの話はまだ終わってませんよ」と言うこともある。

そういう私も以前はかなりさえぎるタイプだったと思うのだが、今は相手が話し終わるまで話し出さずに聴くことにしている。そうすると、こちらが相手との会話から受ける感触は明らかに違う。話をよく聴けている感じがあるし、前よりも双方が言いたいことをきちんと出し合っている気になる。

一方で、相手がどう思っているか、どんな感触を持っているかははっきりとはわからない。「今最後まで聴くようにしてましたけど、どうでしたか?」と聞いたとしても、たいていは「え? そうでした?」と言われるだろう。ただ長い目で見れば相手との関係によい影響があると思える。

最後まで聴くことにはリスクもある。聴いているうちにまた別の人が話しだして自分の話すタイミングを逸したり、だんだん話の流れが変わってしまって、自分が言おうとしていたことを言う雰囲気ではなくなってしまったり。

会話というものが文章同様にシリアルなものである以上、これはしょうがない。どうしても言いたいことがあれば、「話は戻りますけど…」「さっき言おうと思ってたんですけど…」などと断ってから言えばいい。

他の人の言うことは最後まで聴きつつ、言いたいことはちゃんと言えるようになりたい。ただし、延々しゃべり続ける人は「ちょっと他の人の話も聴きましょう」と中断したい。そこまでできるようになれば言うことないな。

「対話」がはじまるとき―互いの信頼を生み出す 12の問いかけ(マーガレット・J・ウィートリー)

「対話」がはじまるとき―互いの信頼を生み出す 12の問いかけ

「対話」がはじまるとき―互いの信頼を生み出す 12の問いかけ

  • 作者: マーガレット・J・ウィートリー,浦谷計子
  • 出版社/メーカー: 英治出版
  • 発売日: 2011/03/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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 ※社内メールマガジンに書いた文章を修正したものです

「対話」について書かれた本はたくさんありますが、この本は比較的平易で、 かつ深いことが書かれていると思います。

最初の章は、対話の力と大切さ、そして対話のルールについて。特に「何かを変えたかったら、まわりの人と話すことから始めましょう」というのは本当にそうだと思いました。そのシンプルなプロセスが大きな影響の輪に広がっていくかもしれないのです。

「対話のきっかけ」の章では、対話の核となる12の問いが書かれています。 かなり抽象的な問いが多いのですが、目にとまったものに意識を向けながら人と話をすると、対話を深める助けになるかもしれません。

中でも「恐れを乗り越えられますか?」というのは、折にふれて自分たちに投げてみたい問いで、仕事にも通じるものだと感じました。

全体的に、理屈に頼りすぎず、いたずらにスピリチュアルな感じになることもなく、 楽に読める本です。

経営トップのコミットメントレベル

会社の中で組織開発活動(つまりはどこかの組織をよくする活動)を支援する際、その組織のトップ(長)がその活動にコミットしてくれていることは非常に重要である。

組織開発は強制的にやろうとするとたいていうまくいかないが、やると決めたら、乗り気でないメンバーにもやるべきことをやってもらわないといけない。トップがコミットしていれば指示を出してもらうこともできる。支援者の立場からそれを行うのは難しい。

その「トップのコミットメント」にもレベルがあると考える。以下は私が勝手に考えたレベルづけ。

  • レベル0: 無関心
    組織開発活動に関心がない、もしくは反発している
  • レベル1: 消極的推進
    「いいものならやっておいてくれ」という態度
  • レベル2: 積極的推進
    自分から進んで活動を引っ張ろうとしている

トップ以外の人の発案で始まる場合、トップの態度はたいていレベル1までである。活動を進めて効果を実感してもらうことにより、なんとかレベル2になってもらおうとすることが多い。

だが、レベル2でも本当は十分ではない。もう1つ上のレベルがある。

  • レベル3: フルコミットメント
    組織開発の活動によって自分も変わろうと本気で思っている

組織風土の問題というのはいわゆる「技術的課題」ではなく「適応課題」である(ロナルド・A・ハイフェッツ他「最難関のリーダーシップ」による)。問題に取り組むメンバーすべてがその問題の内部にいて、問題を引き起こす原因ともなっている。トップもその一人であり、問題の片棒をかついでいる。もしかしたら片棒どころか主犯であるかもしれない。

だから、組織を風土面からよくしようと思えば、トップ自らが変わっていくことが必要であり、いくら積極的に推進しようとしていても活動の外にいて「おまえらが変われ」と言っていてはダメなのである。

では勇気を出してトップに「あなたが変わってください」と言えばいいかというと、それもたいていダメである。「変わって」で変わってくれる人はいない。活動を通じて何かに気づいてくれることを意図して、真摯に関わっていくしかない。

「アイデアのつくり方」(ジェームス・W・ヤング)

アイデアのつくり方

アイデアのつくり方

※社内メールマガジンに書いた文章を修正したものです

アイデアを生み出すことについて書かれた本といえばまずこれ。原著の発行は1940年。それ以来売れ続けているロングセラーです。

とても短い本で、すぐ読めます。原著者の書いている部分はたったの60ページほど、しかもレイアウトはスカスカ。その短い中に、「よいアイデアを出すにはどうしたらいいのか?」という問いへの解答が書かれています。アイデア出しのすべてはここから始まるのではないかと思います。

日本語版では物理学者の竹内均氏が解説を書かれていて、共著のような趣。ブレーンストーミングについても少しだけ触れられています。

ブレーンストーミングのコツ

※社内メールマガジンに書いた文章を修正したものです

技術開発の仕事をしていたころ、技術ネタ出しや課題解決のアイデア出しのために「ブレーンストーミングをしよう」ということになったことが何度もありました。

ところが、やった結果として「ああ、今日はブレーンストーミングをしたなあ、アイデアを出したなあ」という感触を持てたことは一度もありませんでした。いつも途中から普通の議論になってしまい、アイデアをどんどん出す場にならないのです。今思うと、全くブレーンストーミングではありませんでした。

ブレーンストーミングの歴史は古く、考案されたのは1950年代です。ルールはその頃から変わっていないようで、以下の4つの原則があります。

  • 批判厳禁(判断延期): 評価・判断はブレーンストーミングが終わってから
  • 自由奔放: 突飛なアイデア大歓迎
  • 質より量: よいアイデアを出すより、たくさん出す
  • 便乗歓迎: 他の人のアイデアにどんどん乗せる

まずは議論せずに徹底的に発散させること、それらの相互作用でさらにアイデアを出していくことを意図して定められたルールですが、これらは普段仕事を進める時の常識とは大きく異なっています。

私たちは、人が何か言ったらすぐにそれを評価・判断するように訓練されていますし、突飛なことを言って場を乱したりしないのが大人です。また質の低いものをたくさん出すのは効率が悪い・恥ずかしいと思うのが普通ですし、他人の尻馬に乗ったアイデアを出すのはよくないという倫理観を持っています。

ですから、単に「たくさんアイデアを出そう」ぐらいの気持ちで始めても、すぐに普段の調子に戻ってしまいます。

ではどうすればいいか? みんなが意識的に普段と違うモードになるように気持ちを向けることが何よりも重要です。

そのための場づくりとして「特別感」「非日常感」を出すのは効果的です。たとえば

  • 会議とは独立に「ブレーンストーミング」とか「発散」というタイトルの時間枠を設けて実施する
  • いつもと違うメンバーを入れる(アイデアの多様性という意味でもgood)
  • いつもと違う場所で行う
  • 全員が立って行う
  • いつもと違う格好をする (会社にあるものでいうと、たとえば安全ヘルメットをかぶるとか軍手をはめるとか…)

などなど、普段の会議と明確に異なる場にすればやりやすくなります。最後のはプチコスプレ。状況が許すなら効果抜群だと思います。 明確に違うことをやらなくても、「いいですか、ここからはモードを変えますよ」と宣言するだけでも変化があるでしょう。

私が実施しているアイデア出しワークショップでは、全員に立ってポストイットとペンを持ってもらい、雰囲気を盛り上げるために音楽をかけてブレーンストーミングをしています。

せっかくブレーンストーミングをやるなら、気持ちの枠をはずしてめいっぱい発散させ、アイデアの吟味はあとでゆっくりやるようにしたいものです。